初めまして 。
心が繊細がゆえに生まれ人間関係の悩みを【会話スキル】を使って解決するヤマジです。
(ツイッターはこちら)
このページでは
あなたが気になっているであろう
2つの疑問についてお話ししていきます。
その2つとは、
「この人は信用できるのか?」ということと
「どうやったら人間関係の悩み(いじめ・仕事のストレス・疎外感・怖い人等)を
会話スキルを使って解決できるのか?」
についてです。
要するに、このページは私の人物像を伝える物語であり
このブログを通して、あなたにどうお力になれるかわかっていただけるイメージです。
【約束】
あなたにとって赤の他人の紹介になりますが
読むだけで少し生きる希望が見えてくると誓います。
『中学2年生の時、人生のリセットボタンを押す寸前でした。』
中学2年生の夏
私は部活の帰り道 まっすぐに家に向かわず、ある場所に向かっていました。
その目的地とは、よくランニングのコースで使っていた陸橋でした。

【実際の行った地元の陸橋】
当時、内向的な性格であった私は
部活内でいじめに遭っていました。
身も心もボロボロになり
「もうリセットボタンを押してもいいや
死んでもいいや。」
という局面まで追い込まれていました。
しかしいざ陸橋の頂上にたどり着いた瞬間
HSP特有の【人の目を気にする自分】と【怖がりな自分】に救われました。
「ここから飛び降りるなんて無理じゃね。
そして何より人目がつきやすく絶対に迷惑がかかるな。」
そう頭をよぎり、リセットボタンを押すのを諦めました。
帰宅して、いつも変わらずに笑顔で迎えてくれた両親の顔を見た瞬間
ボロボロと目から涙が溢れ出しのを覚えています。
その瞬間 私の胸で決意したことがあります。
『強くなろう。 強くなって絶対見返してやろう。』
当時の私の強い人間という概念は
【勉強ができる人】と【恋人がいる人】でした。
戦略②の【恋人を作る】を実行しました。
放課後
当時気があった女性を呼び出してもらい
友達の後ろに隠れながら告白しました。
「ごめんなさい、男として見られない。」
あっけなく終了しました。
恥ずかしがり屋さんをPRすることで
「可愛い!好き!」となってくれることを真剣に考えていたのですが
失敗に終わりました。
振り返ってみれば、
当時の私は色白のガリガリ、眼鏡のモテない三種の神器を持っていました。
残された戦略は
【勉強して頭のいい学校に行くこと】でした。
『人の目を気にし過ぎた結果、学力向上した訳。』
中学1〜2年生まで私は視力0.1に対して裸眼で過ごしていました。
持っていた眼鏡は人の目を気にして意地でもかけませんでした。
もちろん黒板は見えません。
見えないからノートも取れません。
そこで私の戦略は、
【先生の言った言葉を耳で全て聞き取りノートに記入していく】ことでした。
鬼滅の刃風に言ったら「全集中!耳の呼吸」と言ったところでしょうか。
授業が終わった後の友達のノートを借りて板書を写していました。
不思議と先生の言葉を一門一句書き写していくと点数が伸びていきました。
毎回、5教科で400点以上の点数を取り、
友達の少なかった私でしたが不思議とテスト期間だけ
「テスト何点だった?」
と話しかけられることが増えました。
(当時自然とやっていたノートの取り方はこちら)
『第1志望の高校合格もイジられスパイラルが再来』
無事、第一志望の学校に合格しました。
さあ!ここから逆転の高校人生が始める!
そう思っていましたが理想と現実は違いました。
【勉強ができる=ガリ勉の集まり】
と思っていたの大間違い。
勉強もできる陽キャたちはたくさん存在することを知りました。
当時の私もそんな仲にグループに加わりたく
必死にひょうきん者を演じるよう頑張りました。
しかし
ウケたのは最初だけで、
だんだんそのグループに所属するのも
居心地が悪くなり、結局は脱退しました。。
その後は
陽キャたちの標的にならないよう息を殺して過ごしていました。
彼女を作れば変われると信じて、猪突猛進でメールで告白したが、、
2年生になった時、
自ら特進のクラスを希望しました。
みんなが勉強する中、私はある女の子とのメールのやりとりを楽しんでいました。
それはそれはメールを受信するのが楽しみな毎日でした。
半年間メールを実施し、これはイケると判断した時
私はメールで思い切って告白しました。
送信ボタンを何度も躊躇しながら目をつぶって押したのを覚えています。
イケると思ったのもつかの間、
お断りのメールを受信しました。
そこで私は気づいてしまいました。
私はメールではハキハキ話せるキャラなのに
リアルでは一言も喋れず、避けがちの
【メール弁慶】であることを直視しました。
『このままじゃやばい。絶望の中私の人生を変えてくれた 【会話スキル】との出会い』
「勉強しても強くなれない。」
「彼女はできない。」
「自分の存在価値となんなんだろう?」
当時の私は絶望の淵にいました。
でも人間は不思議なもので、
「じゃどうするか?」を考え続ければ、アイディアが閃くことがあります。
ぶらりと赴いた本屋である本に出会いました。
それは会話の本
「誰とでも15分以上会話がとぎれない!話し方ルール」でした。
この本を見つけた瞬間、ふと
「会話も勉強と同じで学べば、点数が良くなるように会話も上手くなるんじゃないか!」
と考えました。
私はこの本に賭けてみようと藁にもすがる思いで購入しました。
その日から私の会話戦略が始まりました。
・「失敗ノート」と「学びノート」の2冊のノートを作りました。
・自分の中で下記ルールを制定しました。
☑︎1日1回後ろにいる女の子に声をかける。
☑︎朝話しかけるネタを考える、話し方を練習する。
☑︎ペア学習の時等に実施する。
☑︎反省点と気づきを書き、次回生かすことを書き出す。
私の戦いが始まりました。
『1年後、女性と3時間以上話が続くレベルに。』
HSPの没頭力に助けられました。
▶︎絞り込む的が決まれば徹底的に突き詰める。
▶︎納得いくまで考える深い処理能力
いい意味で周りが見えておらず、
趣味に没頭するような時間を1年間過ごしました。
様々な会話問題を解いていきました。
・自ら話しかけるも会話が思うように続かない問題
・完璧な台本を用意したのになぜか会話が噛み合わない問題
・今日はあの子から話しかけてくれたのに上手く返答できない問題
いろんな問題に向き合っているうちに
日に日に書いてある教えが理解できていくうえ
会話の反応も良くなり、続くようになりました。
当時の私は
「会話とは相手を笑わせるのでなく
相手を主役にして話すだけで楽しんでくれること」を知りました。
1年後には、人生初デートまで上り詰めました。
しかしデートの内容は
硬いベンチで3時間以上話す。以上。
結局話しすぎて飽きられてまい振られました(泣)
『大学は傾聴ボランティアサークルに入部』
会話の勉強をし過ぎて学業を怠った結果、
志望していた国立大学に落ちました。
滑り止めの京都の私大の経済学部に進学しました。
入学した当日、経済学部は男子が9割であることに知りました。
彼女を作ろうと思うも、レッドオーシャン。
イケイケのサークルには入りたくない。
そんな中でサークルは穏やかな人が多い
福祉の傾聴ボランティアに入りました。
私の傾聴する相手は主に視覚障害を持ったお年寄りでした。
目が見えない分、
☑︎ネガティブ気質で話すよりも聞きたい人が多いこと。
☑︎テレビの話や季節の話などの見て楽しむ話ができないこと
に苦戦したのを覚えています。
しかしそこで私は新しい会話の方法を知りました。
それは
会話とは口だけではなく行う他に、五感で表現できることでした。
五感で表現できるとは例を挙げるとすれば、
☑︎手を握ってあげること、
☑︎背中をさすってあげること
☑︎桜の花びらの匂いをかかせること
☑︎美味しいご飯の味を共有すること
などなどです。
実際に私自身、目隠しをして目の見えない体験をしたからこそ
誰かがそばにいてくれる安心感は、声よりも手の温もりであることを感じました。
また
相手の立場に実際立ってみる経験をすることが大切であることに気づかされました。

【当時の傾聴ボランティアの風景】
『会話のネタを増やしたくいろんな体験を』
当時ツイッターで目にしたあるツイートが今でも心に残っています。
そのツイートの内容とは
モノはゴミになる。体験は資産になる。
私はこのツイートを信じて
または会話のネタを増やしたく、カンボジアに行きました。
参加したツアーは激動ツアーといもので
ツアーの待ち合わせ場所はカンボジアの空港ですといったぶっ飛んだ内容でした。
(激動ツアーとはなにか気になる方はこちら)
※ただ残念ながら現在は行われておりません。

カンボジアの人たちの笑顔は素晴らしく。
世界の共通言語は笑顔だなと感じました。
この体験を傾聴ボランティアで
気分が落ち込んでいたお年寄りに話した時、
「そうだね、笑顔が大事だね」と笑ってくれたことは今でも覚えています。
会話にはすごい力があるなと思いました。
『やっぱり彼女が欲しい現実を直視』
大学に出会いが少なく、レッドオーシャンであった状況だったため
半ば彼女作りを諦めていた反面、
心のどこかで「彼女が欲しい」「諦めきれない」という思いがありました。
そんな思いの中、ネットサーフィンをしている中、のちに私の人生を変えてくれる教材に出会いました。
その教材とは声かけの手法をメインに取り上げた会話教材です。
価格は30,000円といった高価なものでしたが、今の現状が少し良くなるのを信じて購入に至りました。
その師曰く
「声かけとはエンターティナー 。
相手に楽しい出会いを提供するのが仕事である。」
主に音声教材であり、その師の考え方はとても男らしく
なんども音声を聞いて話し方や考え方をインプットする日々が始まりました。
また活動面ではツイッターのアカウントを作り、
童貞に悩んでいたり、彼女が欲しいなど、同じ状況下にあたる人を見つけ街に繰り出す日々が始まりました。
たまにハロウィンとかに京都の街で仮装して子供達にお菓子を配りながら
女性に声をかけていたりしました。

【友人と仮装してお菓子を配る活動】
『声をかけてくれてありがとう』
私自身、HSPでよかったなという強みの中で
「模倣が得意」という強みがあります。
師の話しかけ方、口癖、相槌のトーン、笑い方、
全てに置いて習得しようと心がけました。
またボイスレコーダーで自分の話し方を録音し、モテる会話磨きに努めました。
街で声を変えているといろんな反応に遭遇します。
・イライラしている時に声をかけられブチ切れる人
・自分が透明人間なのかと思うほどスルーしてくる人
・笑って爆笑してくれる人
・興味を持って逆に質問攻めしてくる人
・仕事で失敗して、泣き出す人
実際の声かけ音声
たくさんの失敗体験と成功体験を繰り返した結果、
私は念願の彼女を作ることができました。
そしてその出会いは街での声かけでした。
彼女とはいろんな思い出を作りました。
自分を好きになってくれた人に出会えたことで
今まで嫌いだった自分を少し好きになった自分がいました。

その彼女とは結局1年半付き合いましたが
仕事の都合で遠距離且つ疎遠が原因で別れました(泣)
当時もらった手紙には
「あの時私をみつけて声をかけてくれてありがとう」と書かれていました。
初めて人に自分の価値を与えた嬉しい出来事でした。

【実際にもらった手紙】
『出会いを提供するとお礼を言われる存在へ』
当時、サークルの男子を誘って私が幹事の合コンをよく開いていました。
そこで意気投合してカップルに至ったケースもあり感謝されることもありました。
サークルに入った当初は影の薄くかった
私がどんどん存在感が増しって言ったのを覚えています。
そこで私が気づいたことがあります。
お金持ちはお金があれば人が寄ってくるが、お金がなくなれば人は去っていく
会話スキルは磨けば磨くほど、レベルアップするゆえ人が寄ってくること。

【実際にいただいたお礼ライン】
『就活も会話スキルで上手くいく』
就職はできるだけ体育会系がいない、
穏やかな人が多い会社に的を絞りました。
大学からもらった分厚い職業一覧を開き
黒いペンを持って行かない職種は消していきました。
例えば、機械関係の仕事はなんか工場のイメージで工場長とか怖そうだなと
いった独断と偏見で塗りつぶしていく感覚です。
隠れ優良企業とやらをガシガシエントリーしていきました。
面接方法もこだわりました。
無理やり筋トレを趣味にして免疫力をアピールしてみたり。
重要なのは私は元気です!とPRするのではなく
面接官にこいつは元気そうだなと感じさせる技でした。
最終面接は、近くにいた就活生に話しかけまくって
テンションを爆上げにして強気で望んだ結果、第一志望に内定をいただきました。
『会社のストレスで髪が薄くなり始める1年目』
私が配属されたのは、市場で一番シェアの取れていない東京の営業課でした。
職場はいつも殺伐としており、みんながせわしなく働いており
周りの目ばかり気にしすぎる私はしんどくてしかたない毎日でした。
またルート営業ということもあって
いつも威圧的にくる得意先への定期訪問が嫌で嫌でしょうがなかったです。
でも嘘をついて報告するのも嘘を突き通す自信がないため
いつも息を止めて50メートル走をする勢いで訪問していました。
訪問後は汗ぐっしょり、疲れたからコンビニでお菓子を食べる の繰り返し。
そして家に帰ったら自慰行為をしてまた後悔。
気づいた時にはストレスで髪が薄く、体型は丸くなっていました。
美容室に行くのも怖くなり 朝鏡をみて、
毎回死にたくなるほど絶望したのを今でも覚えています。
『会社をやめれば、すべてうまくいく!は幻想』
会社をやめて、副収入で月収30万稼いで会社を辞めれば全てがうまく行く!
といった考えから50万もする副業を思い切って買いました。
しかし、現状は悪化するのみ。
この教材さえマスターすれば稼げるといった思考から
買って満足し常に青い鳥を眺める大人になってしまったのです。
本業の仕事にも集中できず、副業の勉強にも集中できず。
どっちつかずの曖昧な環境に甘えていました。
『2回目の人生好転機に遭遇。』
ある日、昔一緒に声かけしていた友人から連絡があり
今の状況下を相談しました。 そしてある教材を紹介されました。
その教材に書いてあった幸せの法則はシンプルに
「富に集中すること。
富とは自分のリクセエストを叶える力であり、
リクエストとは自分のマズローの五段階欲求を最高品質に満たすもの。」
これを知った時、愕然としたのを覚えています。
私はお金があれば幸せになれると信じていましたから。
私が本当に欲しいものはお金なんかじゃなく
お金の使って得るものであり、お金そのものは交換券であり欲しくない。
得たいものはマズローの5段階欲求を満たすものであること。
マズローをお金を使わずに、会話で直接満たすこと・
※マズローの5段階欲求とは

マズローの5段階欲求のレベルを1つずつ最高レベルに更新していく感覚です。
生理的欲求なら・・毎日ぐっすり7時間以上眠りたい!
安全欲求なら・・治安のいいところに住みたい、横でテロが起こっているのは嫌だ。
社会的欲求なら・・個性的な友達が欲しい
承認欲求なら・・可愛い彼女を作って周りからチヤホヤされたい
自己実現欲求なら・・みんなになんども読まれる作品を作りたい
相手の嬉しいことを理解して提供する。
▶︎してくれて嬉しいこと提供し仲良くなり
▶︎相手にとってもっとも嬉しいことを理解して、提供する
▶︎その結果、自分の欲しいものをお礼としてもらう。
私の中でシンプルなルールを構築しました。
目的地は
「相手は相手のために自分に協力してくれて
自分は自分のために相手に協力する環境を作ること。」
自己犠牲の念を持たずに相手に協力できる考え方
を学びました
『健康面を改善傾向に』
元気よく人と接する為にも健康習慣について見直しました、
・日々の運動
・朝の排便
・健康な食事、信頼できるサプリメント
・寝る
そんな回もあり着々と薄毛の悩みは解消されていきました。
『得意先の嬉しいことを提供することで
着実に数字が増えれていく日々に』
入社した当時、
「数字を取ることは完璧な提案をしないといけない、俺はみんなと違う提案をするぜ」
「数字を取るために仲良くなるなんて昭和の営業だー俺は違うぜ!」
と思っていました。
しかし蓋を開けてみれば仲良くなった方が数字が取れる事実。
でも仲良いいとはビジネスにおいては
お互いがお互いの嬉しいことを知って交換し合うことでした。
「ヤマジさんのために頑張ります」と言ってくれた得意先に対しては
依頼事項が飛んできたときは優先順位1位で対応している自分が存在しています。
『HSPだからできたこと』
私がHSPを知ったのは2019年の10月ごろです。
高橋淳さんの「敏感すぎてつらい」という本が出会いでした。
【HSPの特徴】
☑︎影が薄い
☑︎感動しやすい
☑︎人が怒られているのを見るのが苦手
☑︎言葉がずっと引っかかる
☑︎他人の感情が気になる。
今までモヤモヤしていた悩みが言語化され救われたのを覚えています。
「このもやもやは自分だけじゃなかったんだ。」
どこかで否定し続けていた自分がふと小さくなった感覚でした。
HSP交流会にも参加してみました。
実際にHSPの方と話すのはそこが初めてでしたが参加してよかったです。
初めて人に本当の共感ができたこと、
相手から本当の共感をされる嬉しさを感じました。
HSPの方で共通としてあるのは相手のことを考えすぎる良い人たちの集まりです。
良い人たちがが生きづらいそうに生きている(自分もそう)現状に対して
自分の力を使ってなにか提供したいという思いが芽生えました。
HSPの強みと会話スキルでよりよい人生を
私が今まで遭って来た人間関係の悩みを HSPの強みである
☑︎模倣が得意
☑︎没頭力
☑︎相手のことを思う気持ち
は会話スキル磨きに集中すればとてつもない強さになります。
現在の社会は資本主義であり
弱肉強食の社会です。
その競争社会においてHSPは非常に適応しにくい気質だと私は感じます。
そこで会話スキルが高いHSPが増えるだけで
競争ではなく、協力という仕組みを考え出せるのが
人のことを真剣に考えるHSPが適任ではないかと考えます。
を使って正しい知識とやり方を認識して
【会話スキル】という方法で解決していきたいと思っています。
私はいままで遭遇してきた悩みを会話スキルを使って解決してきました。
会話スキルはイメージでいうと
刃物のような言葉を
【会話スキル】を使って削って丸くして心に届ける。
そういった役割を持っていると思います。

ぜひあなたにとっての嬉しいこと 今悩んでいることを教えてください 。
私が今まで培って来た経験と知識で少しでも楽になれたらなと思います。
そしてお礼にあなたが今まで生きてきて心の拠り所にもなる
大切にしている作品(映画・本・曲)を教えてくれたら幸いです。
ヤマジ@HSPの夢
私には夢があります。
私の夢とは【人生思い出作りサークル】を作ることです。
人生の質とは思い出の数だと私は信じています。
事実、死ぬときにお金をたくさん持っているのと
思い出の写真がたくさんあるのとでは
同じ紙でも幸せ度は全然変わってきます。
年間を通じてたくさんの思い出(写真)を作って、
大晦日にコタツに入って写真のスライドを見ながら1年を振り返る。
そんな1年間を過ごしたく私は価値を構築して提供していきます。
いつかたくさんの写真と仲間に囲まれて死にたい!
それが私の人生のゴールです。
少しでも気になった方はぜひ友達なってください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。



